FEATURES / REPORTS特集・レポート

これからのE-STEM教育を考える

2020-05-18 | FEATURES / REPORTS

日本STEM教育学会 会長 新井健一

STEM教育には取り組む課題によって様々な派生形があり、時代とともに概念は拡大している。STEM教育は、何を知っているかだけではなく、知識を活用して現実の課題を解決することを目的にしていることから、社会の変化とともに多様化しているのである。最近の日本ではArt/DesignまたはLiberal Artsの意味を持つAを加えてSTEAMとしている例が増えている。STEAMは10年ほど前から提唱され始めて海外で広がり、日本でも注目されるようになった。エストニアなどでは、それにRoboticsを加えて、STREAMとして取り組んでいる例もある。STREAMもSTEAMも、今後の科学技術の進展による産業構造の大きな変革に備えることを背景とした概念であり、世界の国々で取り組まれている。

一方で、STEM教育の中にはE-STEMという取り組みがあり、STEAMやSTREAMとはやや異なる概念を背景にしている。日本にはまだ馴染みが無いかもしれないが、EはEnvironmental(環境)のことで、環境教育とSTEM教育を掛け合わせたものである。環境教育は1900年代半ばから始められたとされていて、STEM教育より歴史は古い。米国では1970年に全米環境教育法が時限法として制定されていて、経済発展に伴う環境への影響を学び、持続可能な社会の実現を目指すことを目的としている。日本でも環境教育の視点は学習指導要領に反映されていて、各教科の中で扱われている。このような環境への取り組みは、効率化を目指す経済からみればコストの負担につながり、経済と環境は対峙関係にあるようにも見られてきた。E-STEM教育はこのような環境問題をSTEM教育の観点からとらえて、科学的、論理的に問題解決につなげていこうという取り組みである。米国にはE-STEM教育の研究団体があり、風力やソーラーの電力モデルを工作したり、森や川の生態を体験的に調べて考察するなど、STEM教育の特徴であるハンズオンの学びを通して、環境問題に取り組む実践を紹介している。また、オーストラリアのクイーンズランド州では積極的にSTEM教育に取り組んでいて、グレートバリアリーフのサンゴ礁の研究所と連携してデータを読み取り、環境保護について考える授業が行われている。日本でも、理科教育や技術科教育のなかに類似の活動が見られる。現在、世界のSTEM教育の実践内容は、STEMもSTEAMもSTREAMも、実際の取り組みそのものには大きな違いはない。ロボティクスはプログラミングとともに扱っているし、アートの時間にICTを活用した表現活動が実践されていたり、自己紹介や学校紹介を映像で表現したりと、様々な取り組み課題の実践が行われている。環境問題に関わる課題もたいていは扱われていて、その点ではE-STEM教育も、すでにどの派生形にも組み込まれていると言ってよい。しかし、課題設定や考える視点などによって取り組みの深まりは異なる。これからの社会を見据えた時、E-STEM教育はどのような視点をもち、どのような取り組みを考えたら良いのだろうか。

2030年に達成することを世界各国が合意したSDGsの17の目標には、環境問題由来の課題も多い。この数年間で、かつてない天候の異変が世界中で毎年起こり、一昨年の日本では台風が逆走した。これまで、地球の気候変動は地質学的時間で変化したと思っていたが、毎年記録を更新する気候の変化を見ていると、そうではなさそうである。そしてウィルスも環境の中に存在し、今まさに人間社会は大きなダメージを受けている。最近の環境変化による影響によって、環境が経済に対するコストという認識ではなく、環境は人間の生存にかかわる根源的な問題であるという認識が一般的になってきている。

こうした状況を考えると、これからのE-STEM教育は、環境と経済が対峙するのではなく、一体として解決策を模索する視点が必要になるのではないだろうか。気候変動による災害、自然や生態系の変化が経済に与える影響は甚大であるし、ごみ問題も深刻だ。海洋のプラスティックごみは、大阪サミットで2050年までに追加的汚染をゼロにすることが合意されたが、最近はむしろプラスチックゴミは増えていないだろうか。海中のプラスティックごみはだれがどのように除去し、だれがどのようにその費用を負担すればよいのか。宇宙ゴミも同じだ。環境はタダではなく費用がかかる。経済効率優先だけでは立ち行かない問題が、いよいよ放置できなくなってきていて、環境の上に成り立つ経済の実現が急務となってきているのである。経済学の中には環境経済学という分野があり、こうした課題に経済学の視点から取り組んでいる。これからのE-STEM教育は、このような知見も交えて、コストとされる課題をプロフィットに変えるための視点や考え方が身につくような、イノベーション思考の育成が求められるのではないだろうか。

自動車業界は環境と経済の両立に取り組んできた代表例であろう。排ガス規制による制約を競争力に変えて発展し、それに伴い、ユーザーの志向も変化してきた。化石燃料のエンジンを持つ自動車販売を、2030年にはゼロにすることを目標に掲げている国も出てきている。今ではあらゆる産業で環境に配慮し、CO2排出量の削減に努めているが、SDGsの目標に対してはまだ道半ばである。こうした状況に産業界にも変化が表れてきた。近年、ESG経営が評価されてきているのである。ESGとはEnvironment(環境)、Social(社会)、Governance(企業統治)のことで、売上、利益ではない新たな経営指標として注目されている。

これからの世代は、このように環境配慮に根ざした経済社会の中で生きていくことになる。そのための備えとなる教育が、これからのE-STEM教育の役割ではないだろうか。そのためには、環境に関わる課題に対して、自然科学の知識や技術で解決するアプローチを中心にしながらも、経済的な視点からはどうか、望ましい変容につながるか、そして人々を幸せにするか、という社会科学の視点からのアプローチも必要になるであろう。ここで言葉遊びをするつもりはないが、Eから始まる単語にはEnvironment の他に、Economy,Ecology,Ethicsなどもある。そしてEarthの頭文字もEだ。E-STEM教育が環境配慮に根ざした社会を考える教育であるならば、これからのE-STEM教育は、これまでの枠組み拘ることなく、多様な視点から現実課題を解決していく必要があるだろう。これまでの活動を踏まえつつ、これからの社会を見据えてE-STEM教育の再定義をしてみてはどうだろうか。それは必ずしもSTEM教育の枠組みに収めておく必要は無いかもしれないし、STEM教育自体を再定義することになるのかもしれない。そして再定義の議論もさることながら、重要なことは教育実践である。これからの社会を見据えた時、何を目的に、どのように意味のある課題を誘発させ、どのように取り組むようにし、どのように評価するかという教育実践に資する研究が欠かせない。そこには様々なアイデアが必要になるであろうから、本会は研究発表や論文などを通して、このような教育実践に資する情報を共有できる場として貢献できればよいと考えている。かつて、総合的な学習の時間が導入された時には、ケナフや酸性雨、川の観察などが流行った。同じ課題で各地の学校が連携することには成果があった一方で、課題と活動の画一化が進み、形骸化していく傾向が見られた。本会での情報共有は、画一化ではなく、それによって様々なアイデアに繋がるようになるとよいと考えている。本会が、これからのE-STEM教育についても活発な議論の場になれば幸いである。

2020年5月18日