2025-06-11 | FEATURES / REPORTS
日本STEM教育学会 会長 新井 健一
日本STEM教育学会では、2017年に発足した時から、AI時代のSTEM教育について考えることを目的のひとつにしている。AI時代には、AIのメリットやリスクを理解し、AIを適切に活用して現実社会の問題解決に取り組む学びが重要で、それはまさにSTEM(STEAM等派生形を含む)教育の役割であるからだ。AI技術は、私たちの社会にかつてないほどのインパクトをもたらすことが予想され、2010年代には、AIによって何%の職業が代替されるかとか、どのような職業が新たに有望かという予測が関心を集めた。2020年代に入ると生成AIが公開されて社会に大きなインパクトを与え、職業の予測が現実味を帯びてきた。そして今年に入ると、教育界ではAIが東京大学理科三類の合格点を獲得した事がニュースになった。このことは、大学入試問題で問われる資質・能力はAIで代替できることを意味している。もっとも、だからと言ってAIがその後大学に入学し、学生生活を過ごして卒業できるまでの資質・能力があるとこを意味するものではなく、あくまで大学入試問題に特化したAIの成果である。
このように現在のAIが特化型であるのに対し、AI技術が次に目指しているのがAGI(人間以上の知能をもつ汎用型AI)の実現である。さらにその先には、AGIをはるかに凌ぐ知能をもつASI(人工超知能)の開発が期待されている。「シンギュラリティは近い(2005年NHK出版)」の著者であるレイ・カーツワイル氏は、AIは2030年には人間と同じレベルの知能をもち、2045年には人間の10億倍(2024年の著書では数百万倍?)の知能を持つようになり、社会は大きな転換点(技術的特異点:シンギュラリティ)に達すると述べている。こうした技術はロボティクスと結びつき、自律的に活動できるようになる。もしこれが本当なら、人間とチンパンジーの知能の差が10億倍以内とすると、2045年のAIから見た人間の知能は、人間から見たチンパンジー以下のレベルということになる。このような予測については否定論があり、言語学などの世界的権威であるノーム・チョムスキー氏は、SFの話と反論している。AIは大量のデータと計算力の結果であって、人間の知能とは異なるというのがその理由である。どちらにしても、AI技術が今後も大きく進化することは確かだろうから、そのことについて私たちは傍観者であってはならない。私たちの社会は、好むと好まざるとに関わらず、科学技術によって築かれてきたと言ってよい。科学技術は様々な問題も引き起こしてきたが、それを解決したのも科学技術であって、その源泉は私たち人間の知能である。これまでの科学技術は、人間の能力を拡張したり補完したりするものであり、それはコンピュータも現在の特化型AIも同様である。しかし、AGI、ASIの開発は、人間が最も強みとしている「知能」という能力を超えることを目指している。レイ・カーツワイル氏は、AIは人間の知能を拡張する存在であり、人間が中心であると主張しているが、今のところ人間がAGI,ASIを制御できる保証はない。
2045年頃には、今年小学校に入学した子どもたちの多くは社会に出ているだろうし、中学校入学生は社会人の中堅に差し掛かっている。そのころの職業は、2010年代の予測を上回る変化になるだろう。現在、2030年度の学習指導要領の改訂に向けて、中央教育審議会諮問を受けて議論が行われている。諮問には、生成AIの活用が日常化することを想定した提言が見られるが、それは現在のAI技術のレベルを前提にしているような内容のため、2030年以降の社会に対応できるとは思えない。科学技術が進化しても、人間の認知システムが急に変化するわけではないから、普遍的な学びを踏まえる必要はあるが、その上で、AI時代にどのような資質・能力が必要か、子どもたちの準備はできているのか、ということについて十分な議論が必要であろう。そして、学習指導要領だけでなく、学びを支える教育現場の体制も改善しなければならない。産業界では昇進要件にAIの知識を求める企業が出てきているように、AIに関する教養が必須になりつつある社会に対して、教育現場が遅れをとっていてはいけない。教員の待遇を改善し、スキルアップの機会を保証するしくみなどの議論が重要であろう。
AIは私たちの社会に多くのメリットをもたらす一方で、リスクもこれまでになく大きい。AIの父と呼ばれ、昨年ノーベル賞を受賞したジェフリー・ヒントン氏は、「AIなどが今後20年で人類を絶滅させる確率が10%ある。」(日本経済新聞2024.2.28)と述べている。10%のリスクは高いか低いか?例えば、新型飛行機の予想事故率が10%だとしたら乗るだろうか。AIのリスクを回避し、よりよい社会を形成していくためには、AIの仕組みや、強み弱みを理解し、それを適切に活用して、社会的課題の解決プロセスを学ぶことが重要で、それはSTEM教育が取り組むべき課題であると考える。
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