FEATURES / REPORTS特集・レポート

GIGAスクールとSTEAM教育

2022-10-06 | FEATURES / REPORTS

一般社団法人ICT CONNECT 21/東京工業大学 名誉教授
赤堀侃司

1.教育DX
 教育も社会のデジタル化の流れに大きな影響を受けていることは、言うまでもありません。教師の役割、教科書のあり方、教員免許のあり方、など全てが変わってきます。Tanという人が、かつて提言した教育モデルを紹介しますが、これまでの教育は教師の指導力の比重が非常に高かったのです。それは、教師の指導の仕方・考え方が、子供に直接伝わるというモデルだからでした。しかし21世紀においては、教師の指導力というよりも、子供達同士の協働、そこにデジタル教材やインターネット上の情報が介在する仕組みが、学習に大きな影響をもたらすというモデルです。その意味では、教師は内容を伝達する指導者というより、コーチとかコーディネーターとかオーガナイザーのような存在になり、主体は子供たち、子供と子供、デジタル教材などを介在した協働学習が中心になるという考え方が、教育DXの背景にあると思います。

2.STEAM教育への問い
 現代社会は 、AI ・ビッグデータ・ロボット・ドローンのような科学技術が急速に発展していますので、そのような社会で仕事をするには、科学技術の知識や技能を持った人材が必要で、STEM人材が注目されてきました。それは、社会の発展や経済の発展に有効であることは言うまでもなく、そのためには学校教育でも、その人材育成のために、STEM教育が必要だという論理も、納得できます。しかしもう一方、別の考え方もあります。それは、VUCAの時代と呼ばれる、先行き不透明な社会であり、まさかと思うような出来事が、現実に起きて、人々を混乱させているという事実です。ロシアのウクライナへの侵攻とその恐怖、Covid -19 が猛威を振るって世界を混乱させる、灼熱の暑さや大洪水が起きるなど、人工的災害、ウイルス災害、自然災害など、過去に経験しなかったような非常事態に、世界の人々は遭遇しています。それに対抗するには、一言で言えば、問題解決です。つまり、問題解決できる人材の育成が必要ではないか、という考え方です。
 そのために、学校教育では、具体的には、科学技術教科の統合として、あるいは問題解決のための学習として、STEAM教育、教科横断型の学習、総合的な学習や探究の時間等のように、単独教科ではなかなか解決ができない問題に対して、このような統合型の学習によって、そのコンピテンシーを育成しようという考え方が出てきました。
 ただし、ここで疑問が生じるのは、単独の教科と統合型や横断型の学習で何が違うのか、ということです。その単純な問いに対して、明確な解が見いだせないのです。私はこれまでの研究から、その違いは、基本的な知識の構造であるスキーマにあるのではないかと思っています。

3.学力調査とスキーマ
 大学生の学力調査を継続して4年間実施したのですが、その詳細は、紙幅の関係で省略しますが、その結果では、コンピテンシーの観点からは、教科力、経験力、俯瞰力、非認知的能力に、分類されました(赤堀侃司(2022)、大学生の学力調査から見たコンピテンシーの分類、AI時代の教育論文誌,第4巻 pp.31-36)。教科力は、文字通り、教科の知識や理解など教科の学習に必要な能力で、経験力は、例えば言語能力では、文章を読み書き話すなどの経験が必須で、情報活用能力では、端末から実際に情報にアクセスする、情報を整理する、など経験しないと習得できない能力で、俯瞰力は、全体を見渡す能力で、STEAM教育や教科横断型の学習に必要な能力で、非認知能力は、感性や意欲や人間力などの能力です。ここでは、能力をコンピテンシーと同じ意味で使っています。
 それぞれの認知的能力には、それぞれのスキーマが伴います。経験力には、幼児が何でも触って学習するように、ピアジェのシェマに相当するスキーマが脳に形成されます。教科力では、例えば理科の、流れる水の働きの単元では、水の流れが早いと、川岸の石や土が削られる、というような因果関係を学びますが、このような教科スキーマが脳に形成されます。問題は、STEAM教育や教科横断型のスキーマです。仮にこれを、俯瞰スキーマと呼べば、このスキーマは、経験スキーマと教科スキーマを包含して、全体である俯瞰スキーマと往還することが特徴と言えます。
 例えば、防災という現象を取り上げても、気象のような科学的な理解である教科スキーマ、どのようにして身を守ればよいのか、という長い間の経験から生まれた知恵である経験スキーマ、防災マップなどのように、予想される被害を事前にチェックする、実際に作成するなどは、デザインや工作の要素も含まれる教科スキーマ、というように、俯瞰スキーマは、それぞれのスキーマと往還することが重要なのです。全体を俯瞰するだけなら、俯瞰図に過ぎませんが、往還することで、この全体が生きてきて、全体として構造的に理解できるのです。

4.STEAM教育のデザイン
 私は、STEAMの考え方を、コンピテンシーの観点で捉えています。Sは科学的な分析能力で、Tは道具を作ったり使ったりする能力で、Eはデザインする能力で、問題のAは、私は人間科学(Human Science)、つまり人間としての視点から捉える能力として、Mは数量的に表したり処理したりする能力として、考えています。このような視点で、STEAM教育の単元をデザインしたり、教科横断型の学習をデザインしたりすることができます。教科の統合という視点もありますが、コンピテンシー、どのような能力を育てるのか、という視点からの授業デザインも大切だと考えています。

5.STEAM教育の展開
 今後のSTEAM教育の展開を考えると、この全体を俯瞰することが、大人になっても重要であり、全体を知ることで、自分は何をすればいいかを知ることができます。つまり、自分を知ることでもあり、STEAM教育は、小学生から大人まで必要な能力を育てる教育だと言えます。

2022年10月6日

※本記事は、日本STEM教育学会 第5回年次大会(2022年9月23日開催)基調講演の概要をまとめたものです。