FEATURES / REPORTS特集・レポート

これからの社会とSTEM教育の役割

2018-08-08 | FEATURES / REPORTS

日本STEM教育学会会長 新井 健一

地球温暖化説には異論もあるようであるが、今夏の猛暑や豪雨の発生は、専門家の議論を待つまでもなく、温暖化による異常気象と思わざるを得ない状況ではないだろうか。台風が逆走し、東京よりも、シンガポール、バリなどの気温のほうが低く、カリフォルニア州や欧州では記録的な暑さとなり山火事が発生している。これからの社会を考える時、自然環境との関係を考えることの重要性を改めて思い知らされるような天候が続いている。

こうした課題への対策のひとつに、自動車業界によるEV(電気自動車)シフトが挙げられる。現在のガソリンエンジン、ディーゼルエンジンから排出される排気ガスには、温暖化の原因とされる二酸化炭素が含まれているため、排気ガスを出さないEVに変えていくという動きである。イギリス、フランスは2040年にガソリン車、ディーゼル車の販売を禁止する方針を打ち出し、インドは2030年には新車販売はEVにすることを決めた。また、中国ではEVのような新エネルギー車の生産割合を増やす計画を始めるなど、各国のEVシフトが加速している。このような方針に呼応して、世界の各自動車メーカーはEVの研究開発を進めている。ガソリン車とEVでは動力の発生から伝達までの構造が大きく異なるため、産業全体に与えるインパクトは極めて大きい。普及、拡大の早さには様々な見方があるが、100年に1度と言われる大変革が始まっているのである。

EVはガソリン車と比べて部品の数が少ない。ガソリン車の部品の数はおよそ3万個であるのに対してEVは2万個と言われている。その中には不要になる部品もあれば、新たに必要になる部品もある。裾野の広い自動車業界が、構造的な変革の必要性に直面しているのである。EVは複雑なガソリンエンジンとは異なり、モーターを積めばよいからコモディティ化するという見方があるが、おそらくそう簡単ではないだろう。自動車の構造の中でEVが関係するのは動力と駆動に関わる部分であるが、それ以外にも自動車には人間を乗せて安全で快適に走行するための様々な技術が必要である。したがって、プラモデルのようなわけにはいかないのである。量産されればコストは下がるだろうが、同時に自動運転のような高度な技術が付加価値となっていく。それを可能にする技術がIoTでありAIである。これからの自動車はスマートフォンのように様々な情報とつながり、志向に合った最適な移動を選択できるようになることだろう。現在のガソリン車に使用されているソフトウェアのソースコード数は約1000万行と言われている。今後も自動車の付加価値が高まるにつれて、必要なソフトウェアのソースコード数は増加していくだろう。

このように、大きな転換期を迎えている自動車産業は日本の基幹産業である。全就業人口の約1割を雇用し、出荷額は約52兆円、輸出額の約2割を占めている。日本国内では人口が減少しているが、世界の人口は増えているため、世界の自動車販売台数は今後も増えることが予測されている。今、この自動車産業のルールが変わろうとしているのである。変わるのは自動車産業だけに留まらない。充電効率や設備の整備、自動運転に必要な社会インフラの整備、関連する法律の改正、そしてセキュリティ対策など様々な分野に及ぶ。さらに、EVが二酸化炭素の削減を目的とするなら、発電の問題を解決しなければならない。EVが走行中に二酸化炭素を排出しなくても、元となる電力の発電に化石燃料が使用されていたら元も子もない。EVシフトはクリーンエネルギーが前提となるため、発電、蓄電の分野も大きくシフトしなければならない。このようにEVシフトは、電機業界や土木、建設業界などとも関連した社会システム全体に関わる変革であり、それはすでに動き出しているのである。

こうした社会では、新たなアイデアを生み出したり、問題を見つけ出すことができたり、複雑な課題を解決することができるエンジニアが必要であるし、利用する側にも賢明な消費ができるだけの知識が求められるようになる。したがって、これからのSTEM教育は、このような要求に応えていく必要がある。

STEM教育のワークショップでは、電気自動車のキットで実際に工作して仕組みを理解するような活動や、プログラムを組んで模型の自動車を意図通り動かしてみるような活動がある。STEM教育は問題解決のプロセスを学ぶことが大切で、これらの活動は目的に合致した意義のある活動でるが、時に手続きを覚えることに終始してしまうことがある。手続きを学ぶことは大切であるが、一歩進めて、学んだ技術と社会的課題との関わりを考えるような工夫はできないだろうか。電気自動車のキットは、電気自動車の仕組みをモデル化して理解するためのもので、前述のようなEV全体の課題の一部である。さらにEVそのものに目を向ければ、キットで作った自動車に乗るとしたらどのような工夫が必要か、自然環境との関わりに目を向ければ、発電はどのように考えたらいいか、社会システムに目を向ければ、充電のための環境はどのように考えたらいいか、そして、学んだ手続きそのものを見直してみてはどうか等々、疑問やアイデアの創出を促し、科学的に解決していくことへの意識づけを、少しずつでも、継続的に行うとよいと思う。疑問やアイデアの解決には、当該の学年ではまだ困難なものもあるだろうから、その時には意識を向けるだけにして、高校、大学と専門性が高まるにつれて、具体的な問題解決に取り組んでいってもよいと思う。

問題解決のプロセスのうち、結果の予測や計画の実行は自動化しやすいだろうが、上流工程である問題の発見や定義は、関連するデータが少ない場合が多いため自動化しにくい。したがって、社会的課題に根差した疑問やアイデアへの意識づけが重要であると思う。

問題解決のプロセスでの結果の予測や計画の実行の自動化には、AI関連の技術が活用されることが多くなる。中でも、大量のデータの中から必要な特徴量を抽出することができる技術が注目され、この技術と画像認識技術との組み合わせによって、防犯や認証などに使われるようになってきているし、自然言語処理や音声認識などの技術にも応用されて、私たちの生活は益々便利になり、行動も変化してきている。一方で、犯人であるかどうか、本人であるかどうかをAIが判別する時代にもなってきた。膨大な情報の中から必要な情報を見つけだすことは、もはや人海戦術では不可能であるし、実装レベルの技術の信頼性は極めて高くなってきた。しかし、先進技術との共存には、常に技術に対して批判的な視点を持つことが重要であると思う。そのために、AIIoTの仕組みを学び、課題を理解して適切に活用できるようにすることも、これからのSTEM教育の役割であると考える。

2018年8月8日