FEATURES / REPORTS特集・レポート

中国における「教育とAI」

2019-10-29 | FEATURES / REPORTS

日本STEM教育学会 会長 新井 健一

「教育とAI」には、二つのアプローチがある。ひとつはAIの教育利用、もう一つはAI教育である。米国と並ぶAI先進国である中国の「教育とAI」について、この二つの視点からトピックを紹介し、日本の状況と比較することで今後の課題を考えてみたい。

中国におけるAIの教育利用についてのトピックは、去る5月に北京で開催されたカンファレンスである。テーマは、AIによるアダプティブラーニング、つまり学習の個別最適化を目指す教育システムに関するものであった。参加者が数千人規模の大きなカンファレンスで、生体データの活用や、AIアシスタント、AIによるデータ分析、ロボットの活用などが発表された。発表者はカーネギーメロン大やSRI、MITなどの研究者が中心で、米国の知見を基にして中国で実装している構図のように見えた。中国での実装は大量のデータを獲得できるため、近い将来、このデータを基にした、AIによるアダプティブラーニングのプラットフォームが、中国で生まれるかもしれない。日本では、まだこのようなカンファレンスは見当たらないため比較のしようが無いが、まずは、情報の共有や議論ができる場が必要であろう。STEM教育の観点から見ると、これらのデータの解析や相関などは興味深い。

中国のAI教育についてのトピックは、AIの基礎を学ぶ教科書が、高校生向けに発行されていることである。A4判160ページほどの分量で、AIの歴史、相違性や分類、画像認識、音声、文字の理解、アルファ碁などを扱い、実社会に実装されている状況を紹介して、それを実現しているAIの基礎技術を解説している。これからの社会では、多くの機械にAIが組み込まれるため、AIを一部の技術者によるブラックボックスにするのではなく、社会を構成するすべの人たちがAIの基礎知識を身に付けて、AI社会の形成に参画していく必要がある。その点で、中国のAIの教科書は実社会での様子から導入しているため、具体的にイメージできて学習に入りやすい。

日本でもAI教育を推し進めるため、最近になって対策が示された。それは主に統計、確率、線形代数などに力を入れて、AIに必要な基礎的素養を身に付けるという考え方であり、実社会での応用から学ぶ中国のアプローチとは異なる。学習指導要領に基づいている日本の教育では、中国のように新たな枠組みをつくるよりも、教科内容の改訂の方が現実的であるが、このような中国と日本のアプローチの違いは、英語を学ぶ時に、会話形式から学ぶか、文法から学ぶかという違いに似ているように見える。文法は基礎的な要素として必要なことではあるが、これまでの日本の英語教育は文法中心で、いつになっても使えるようにならないとの批判があった。それが現在では、聞く、話す、読む、書くの4技能を育成し、英語が使えるようになるための学習内容と方法に改善されている。日本におけるAI教育についても、基礎的素養をもとに、学習者が興味をもち、具体的な活用をイメージしながら、社会のあり方まで議論できるようなカリキュラムと教材、評価ツールなどの開発が必要になるであろう。AIを学ぶことは、今後のSTEM教育に必要なことであるため、こうしたカリキュラムや教材等の在り方についても、今後の本会のテーマになると考えている。

2019年10月29日